「ソフトボールやりたい。」
長男が小学3年生の時、そう言いました。
私は競技のルールも、その後の過酷さも何も知らずに、
「やりたいなら、やってみたら?」
と、軽い気持ちで答えました。
あの日の返事が、まさか14年間も続く大冒険の始まりになるとは、当時の私は知る由もありませんでした。

我が家の「ソフトボール戦隊」

気づけば、6人の子どものうち5人がソフトボールの白球を追いかけ、今も4人が競技を続けています。我が家の子どもたちの現在のステージを少しだけ紹介させてください。
  • 長男:すべての始まり。小3〜6ソフトボール。中1〜3軟式野球。高1〜3硬式野球。現在は医療系国家資格を持ち、みんなの体を支える元球児。
  • 長女:小1〜社会人になっても大好きなソフトボールを続けている、我が家の頼れるお姉ちゃん。
  • 次男:小1〜大学のソフトボール部で汗を流す現役大学生。
  • 次女:小4〜中学強豪ソフトボールクラブチームで奮闘中。
  • 三男:小1〜少年ソフトボールチームで頂点を目指す元気印の小学生。
  • 三女:お兄ちゃん・お姉ちゃんの背中を追う、我が家の癒やし。
小学生、中学生、高校生、大学生、あるいはその先へ。
気づけば私は14年間、子どもたちと一緒にあらゆるカテゴリーのグラウンドへ通い続けてきました。

身体がいくつあっても足りない日々

もちろん、大変なことなんて数え切れません。
毎週末の送迎。遠方の試合会場への大移動。
容赦なく重なる大会スケジュール。
人数分かかる道具代や部費、環境の変化に伴う遠征費。
平日の仕事(普段は医療機関の採血室でパートをしています!)との両立。
「今日は一体、誰の応援に行けばいいんだろう……。」
そんなふうに頭を抱えた日は、一度や二度ではありません。
兄や姉の遠征に付き合わされて、グラウンドの片隅で寂しい思いをさせてしまった下の子もいました。
家族みんなの生活が、完全に「ソフトボール中心」に回る毎日。
正直に言えば、「もう大変!」「体が足りない!」と投げ出したくなる瞬間だってたくさんありました。

14年経った今、見えている景色

それでも14年経った今、振り返って一番心に残っているのは、メダルの色でも、勝ち負けの記録でもありません。
それは、子どもたちが「人」として泥だらけになりながら成長していく姿でした。
大きな声で挨拶ができるようになったこと。
ベンチからも仲間を思いやる気持ちを知ったこと。
苦しい展開でも、前を向いて立ち上がる強さを身につけたこと。
安全な場所からでは見られない、仲間と笑い合う最高の笑顔。
ソフトボールは、一つのボールを追いかけるスポーツです。
でも、私たち家族は、その14年間でボールだけではなく、「人生で一番大切なもの」をみんなで一緒に追いかけてきた気がします。
手洗いで何個消費したか分からない「ウタマロ石鹸」の爽やかな匂いは、我が家が全力で戦ってきた勲章です。

これから綴っていくこと

このシリーズでは、公式記録に残る試合の結果ではなく、「ソフトボール母だからこそ見えた、泥臭くて愛おしい景色」を書いていこうと思います。
大笑いした日。悔しくて一緒に泣いた日。
理不尽さに怒った日。自分の選択を後悔した日。
編み出したお弁当の時短ワザや、過酷な遠征を乗り切るコツ。
正式なルールは分からなくても、心から「やってよかった」と思えた日。
大変だけど、それ以上に価値があった我が家の14年間を、少しずつお裾分けさせてください。
現役のアスリートママ・パパへ、あるいはこれからスポーツを始めるお子さんを持つ方へ、少しでもエールが届きますように。
【次回予告】
第1話「私は、誰の応援に行けばいい?」
高校生と小学生、見事に試合が重なったあの日。身体は一つしかない母が、グラウンドの狭間で何度も悩み、決断したお話を書こうと思います。お楽しみに!