私は高校・大学と陸上部に所属し、
約7年間ハンマー投げ専門で競技を行っていた。

高校時代にはフィールド強豪校の陸上部で、
インターハイ・国体に出場し、
大学では関東インカレ二部準優勝という経歴。

この経験から私自身が感じたハンマー投げの記録を
伸ばすためのコツなどについて解説していこうと思う。

ハンマー投げは他の投擲三種目とは遠心力の使い方も大きく違う

まず、ハンマー投げは
他の投擲三種目(やり投げ、円盤投げ、砲丸投げ)と
投げる瞬間の力の方向が違うため、
遠心力の使い方も大きく違うのである。

通常の『投げる』とは違う、ハンマー『投げ』

投擲物(ハンマー、やり、円盤、砲丸)を
離すフィニッシュの瞬間、ハンマー投げは
投擲方向に対して背中を向けているが、
他の三種目は投擲方向に対して
正対して(正面を向いて)いる。

陸上競技は「走る・投げる・跳ぶ」が
基本と言われ、人間の運動能力の基本的な
動作で記録を争うとものである。

その意味で「投げる」を考えると、
原始時代に狩猟や他の人間との争いでは、
目標物(獲物や敵)に対して正対して、
目標を定めて投げるのが当然である。

しかし、このハンマー投げだけは
3回転若しくは4回転ターンをした後の
フィニッシュ時には投擲方向に対して
背中を向けている。

従って、「投げる」の中でも
ハンマー投げだけは、本能的な投げるとは
違っているので、プラスαの技術が必要である。

なお、他の三種目が技術的に簡単なわけではなく、
記録を伸ばすためには別の技術と修練が
必要なのは言うまでもない。

フィニッシュの瞬間の力の方向

さて、力の方向の違いからハンマー投げに
必要な物理的な力を説明しよう。

他の三種目は野球のボールを投げるのと同様に
身体から投擲物(腰→肩→腕→指→投擲物)へ
運動エネルギーを移動させ、フィニッシュの時に
投擲方向に対して全体重とエネルギー(押す力)を
ぶつけて、飛距離を出す。

それに対してハンマー投げは、
自分の身体を中心にして遠心力でハンマーに
エネルギーを溜め、フィニッシュの瞬間は
投擲方向に対して背中を向けているので、
引っ張る(引っこ抜くようなイメージ)で
ハンマーを投げる。

これは、動画などでやり投げと見比べてみると分かりやすい。

やり投げは身体とヤリのベクトルが
同じ方向であり、ファールライン手前で
ブレーキをかけることによってフィニッシュを
決めることができるが、投げた後にファールラインから
出ないように踏ん張っている。

これに対して、ハンマー投げのフィニッシュの瞬間は、
投擲方向に背中を向けた状態でハンマーを
投擲方向に「引く力」で手放すので、
軸になっている身体はフラッとなるくらいで、
寧ろ、反作用によって投擲方向と反対側に動くのである。

ただ、動画サイトなどに
上がっている動画(トップ選手の会心の投擲がほとんど)
ではあまり見えない、何故ならみんな咆哮し、叫んでいるので。

さて、このように他の三種目は
投げる際の一要素として遠心力を使っているが
ハンマー投げは遠心力をメインに使っている。

厳密に言うと、円盤投げ(ほぼ全員が回転して投げている)
砲丸投げ(回転投げ)は遠心力の要素が大きいものの、
使い方としては前面に投げることと、
投擲物に体重を預けた回転方法ではない
(あくまで、前に「投げる」の発展形としているだけ)ので、
ハンマー投げと他の三種目で大きく違っているのである。

(おまけ)厳密には遠心力ではなく、
反心力という説が有力らしい

厳密な物理学で考えると、
ハンマーが飛んでいく際にはたらいている
『力』は『心力』ではない、という議論があるものの、
ここでは分かりやすくするために『遠心力』で
ハンマーが飛んでいると考える。

議論が気になる方はこちらへ。

引用:https://wakariyasui.sakura.ne.jp 『わかりやすい高校物理の部屋』

ハンマー投げの飛距離を伸ばすための遠心力最大化

前置きが長くなったが、
ハンマーは遠心力を最大にすることで、
飛距離を伸ばすことができる。

ということは、記録を出すためには遠心力を
最大にすることを考えれば良いのである。

遠心力を最大にするために意識することは、
軸(身体の中心)がぶれないこと、
回転数を増やす(3回転か4回転)こと、
回転スピードを上げること、回転半径を長くすることである。

それぞれについて、内容を解説し、トレーニングなどにも言及する。

軸(身体の中心)がぶれないこと

ハンマー投げで何より意識するべきことは、
軸がしっかりしていることである。

おもちゃのコマをイメージしてもらうと、
きれいに回るコマは、軸がコマの中心にあり、
地面に対して垂直になっている。

そして、回転が弱まって軸が
ブレ始めると回転できなくなって、最後には倒れるのだ。

これはハンマーも同様で、
軸をしっかり意識することが肝要である。

では、軸はどこになるか、
それは身体の中心ではなく、左足の踵である(左回りの場合)。

身体をできるだけ安定して
速く回転させるためには、軸を細くし、
できるだけ小さくするべきである。

ハンマー投げの回転時の
足運び(細かくは、割愛する)は、
左足を軸にして右足がエンジンの役目で地面を
蹴って勢いをつける。

その際に、左足裏の真ん中あたりを
中心に考えてしまうと、土踏まずも影響して、
軸が親指の付け根と踵に交互に移動してしまい、
ブレてしまうので、左足踵という「1点」を軸にする。

最終的には300キロ近い加重がかかると
言われる遠心力、これに耐えられる軸を
フィニッシュまで維持するためには、
空ターンと下半身のウエイトトレーニングが必要である。

ハンマーの距離が伸び始めると空ターンをする回数が
減ってしまうが、とても大切な基礎トレーニングなので、
意識して毎日30分はやって欲しい。

また、投げ練習とは違って、
施設も広さも道具も必要ない(ホウキを持っても可)し、
一生懸命やれば下半身のトレーニングにもつながるので、
最優先の練習メニューである。

加えて、下半身のトレーニングは
瞬発系のものがお勧めである。

スクワット、スタートダッシュ、ハードルジャンプ、ジャックナイフなど。

ターンの回転数を増やすこと

現在の世界記録を持つセディフは3回転、
ライバルのリトヴィノフは4回転だった。

ターンの回転数を増やすと記録が伸びそうというのは、
ハンマー投げ未経験者でも思うことだが、
現実的には4回転がベストと思われる。

理由はいくつかあるが、大きくは2点。

1点目は、サークルから足がはみ出してしまう。
前の項目で左足の踵を軸として回転すると
説明したが、全く同じ場所でクルクル回っている
のではなく、厳密には踵の周りの点を中心にしている
ことと右足で地面を蹴っている関係で、
回転するごとに身体は4,50cm程度投擲方向に進んでいく。

そうなると、直系2.135mのサークルでは
4回転を超えようとすると、足がはみ出てしまうのである。

2点目は回転して加速できるのも、4回転が限界。
これは現在の技術の限界かは証明できないが、
5回転、6回転できたとしても、加算されていく
スピード・エネルギーに対して人間の身体が
耐えられない、若しくはついていけないと考える。

例えばウサイン・ボルトを更に早く走らせようと、
(彼の人権やケガのリスクを無視して)彼を縄で
フェラーリに結び付けて時速100kmで
引っ張ったとしても、足の回転が追い付かず、
どこかで転んで、後は悲惨な状態になるだけであろう。

それは極端な例としても、
人間の身体にはおのずと限界があるのだ。

そして、技術的な側面から見ても、5回転以上は難しいのである。

これは、私が多くの選手を見た印象だが、
4回転の選手でも、全員が全員、全ての回転で
スピードが上がっているわけではなく、
1回転(準備)+3回転(加速)、
3回転(加速)+1回転(3回目とスピードが変わらない)、
2回転(ゆっくり加速)+2回転(加速)
になっている選手もいて、3回転ターンの方が
思い切って投げられるのではないか、という選手もいる。

回転半径を長くする

軸(体の中心)とハンマーヘッド(鉄球部分)
の距離(回転半径)を長くするためには、
ハンマーを握っている手をできるだけ
伸ばした状態にする。

肩から手首までをできるだけ
リラックスすることにより、回転が増すごとに
腕全体がハンマーヘッドに引っ張られて、
回転半径が長くなるのである。

そして、ハンマーのハンドル(取手部分)を
握っている左手は、可能であれば親指以外の
4本の指の第一関節で握って、右手をそえる。

この半径を長くするための工夫としては、
ベンチプレスをやり過ぎないことも大切である。

誤記ではなく、ベンチプレスをやり「過ぎない」である。

なぜなら、ベンチプレスをやると大胸筋が
鍛えられて膨らむ、そうするとハンマーを
両手で握った時に、大胸筋の膨らみで腕が少し外に
膨らんでしまい、その分、回転半径が短くなるのだ。

ベンチプレスで鍛える筋肉は
ハンマー投げにそんなに必要ないので、
最低限(体重プラスα程度)ができれば良いであろう。

総括

今回は、遠心力にフォーカスした内容である。

もちろん記録を伸ばすためには、
当然基礎練習(ダッシュ、跳躍練習、
体幹トレーニング、ウエイトトレーニング)が必須だが、
理論的な知識があれば、どこをどう修正すれば良いか、
どうすれば後〇m伸ばせるという工夫を
することができる。

最終的にはベスト記録の更新や
目標達成が大切だが、日々のトレーニングの際には、
なぜこの練習をしているか、どうすればここが
上手くいくか、を常に意識して練習してほしい。

そして、この遠心力の話が少しでも助力になればと思う。